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2016年9月 3日 (土)

「さようなら公共性」ってどういう意味?

久しぶりに福井義高教授をネタに記事を書きます。先ほどこんなものを見つけました。

公共事業の削減とその影響(2005.1)
http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/200501_648/064801.pdf
pp.13-14から一部中略・再編集して転載します。

"建設業界や地方自治体の意見のなかには、 「地域間格差是正のために」 とか「地域経済の活性化のために」、 地方重視の公共投資や公共事業の地方への重点配分を主張する声があるので、 これに関する学者等の意見を見ることにするが、 このような主張に対してはおおむね否定的な意見が多い。

例えば、 井堀利宏氏は、 近年の財政構造改革の議論の中での政治的にゆがんだ意思決定による無駄な公共事業の実施の指摘に関して、 公共投資の政治的な配分の典型的な例が、 地域間の再分配政策であり、 我が国では公共投資政策の財源と支出の両面で、 地域的偏在が大きく、 それが地域経済・社会の既得権となっていると指摘している(42)。

また、 渡邊正太郎・福井義高氏は、 地方に対するアファーマティブ・アクション (公共投資の傾斜配分) 失敗を直視し、 公共事業を地域間再分配政策から解放するとともに、 社会資本は、受益者負担の範囲で整備可能なものにとどめ、原則として、 現状のインフラを前提に、 国民の住む場所を選択することを主張している(43)。

また、 藤田安一氏は、 鳥取県の財政を事例として、 景気対策を優先した公共事業など、 軌道を逸した財政政策の手法が自治体の財政を急速に悪化させたとし、 公共事業に過度な景気回復効果を期待するのではなく、 公共事業は国民の生活安定と経済基盤の整備を目的としたインフラ整備という本来の役割にもどすことが必要であり、 また、 鳥取県の統計より作成した分析データを基に、 これまでの公共事業に偏った景気対策から、 社会保障を重視した景気対策へと視点を変えてみることが必要であろうと主張している(44)。

また、 吉野直行氏は、 社会資本に対する民間資本の比率と民間資本 (第三次産業) の生産性との関係を全国の北海道、 南関東、 東海、 近畿、中国、 北九州の地方毎に算定し、 それを基に、
①南関東は、 地域に民間資本が入り、 しかもその生産性が高く、 活動が活発で、 公共投資による社会資本が有効活用されている一方で、
②北海道等では、 造られたインフラが、 それだけでは民間企業を地方に呼べなかったのに、 どんどん中央から資金が注ぎ込まれた結果、 地方は、中央からくる金をあてにし、 その金が途絶えるととたんに地域経済が疲弊するという中央依存体質になっていると分析している。
その分析に基づいて、 地方は、 すでにあるインフラを有効活用して、 もっと広い視野で民間誘致を考えるべきだと主張しており、 「いかに民間 (海外を含め) を呼び込むことができるか」 であって「いかに公共事業を持ってくるか」 ではないと指摘している(45)。

しかし、 三井清氏は、 吉野氏とほぼ同様の基本認識に立って、 従来のような地方圏における公共投資は、 地方に産業を興すことで所得水準を向上させ都市からの所得移転の必要を無くすことができるという考え方に基づき、 生産基盤型を中心におこなわれてきたとして否定的であるが、 是正すべきは地域間の所得格差ではなく生活水準であるとし、 地方交付税を通じた地域間の所得移転によって、 「公共投資を生活基盤型中心に転換したり、 人口の少ない周辺地域に偏重している公共投資を地方圏の内部の中核都市に重点投資してゆくといった地域の実状に即した効率的な社会資本整備が可能となる。」 として、 地方における公共投資の有用性を主張している(46)。

また、 金澤史男氏は、 効率論から地方の公共事業を切り捨てるのではなく、 公共事業の中でもナショナル・ミニマムの部分を保障しなければいけないとし、 「地方振興政策としての公共事業に関してはその地域の活性化、 効率化のためにどうあるべきなのかということを徹底的に洗いなおして、 新しい政策をやっていく必要がある。」 と主張している(47)。

その他の意見
その他の意見として、 公共事業における構造改革は、 公共事業の総量や地域配分の問題ではなく、 公共事業のあり方自体の見直しであるとの意見もある。

(42)井堀利宏 公共事業の正しい考え方―財政赤字の病理 pp.108-109参照。
(43)渡邊正太郎・福井義高 「地域経済の自立的発展と公共事業」 前掲書 都市問題 2001.12月号, p.60参照。
(44)藤田安一 「公共事業の展開と地方財政危機の進展―1990年代の鳥取県を事例として」 前掲書 都市問題 2001.12月号, pp.75-89参照。
(45)吉野直行 「公共投資の問題点と今後のあり方 収益性のある社会資本整備で自立した地域経済の確立を!」PHP Business Review PHP 研究所, 2004.7・8月号, pp.23-26参照。
(46)三井清 「公共投資の地域間配分とその経済効果」 前掲書 「地方経済の自立と公共投資に関する研究会」 報告書 pp.32-33参照。
(47)金澤史男 「地域経済と公共事業」 pp.24-26参照。"

他の識者の意見も見ようとしたら引用が長くなりました。
しかし、福井教授の主張は何と捉えればいいんでしょうか?正直、私には捉えどころが掴めません。
ちなみに、渡邊正太郎という人はかつて花王の副社長を勤められ、平成15~23年(2003~2011年)度に渡邊氏がりそなHD社外取締役、2006~2013年度に福井氏が同社外監査役を勤めており、福井教授とは縁の深そうな方とみます。福井教授の就任時期には確証が持てませんが…。

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